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吾唯足知 

うみねこのなく頃に、というゲームをしてると度々ここで話しましたが
知らない人やプレイしてない人は、分からないだろうしネタバレにもなると思い触れませんでした
でも作中に感動した言葉があったので少し書きたいと思います
・・・作中の文載せても大丈夫なのかな


A「…………自己満足か。聞こえは悪いですが、そいつが実は、人生ってヤツではないかと思ってます」
E「……へぇ。傭兵家業で死線を潜った末に至った答えだったなら、なかなか味わい深いじゃない」
A「茶化さんでください。俺が言いたいのは、自己も何も、自分を認められるのは世の中で自分だけしかいないってことです」
E「…………………。……そうかもね。人は、誰かに認められたくて努力をするわ。……多くの場合、それは親ね。親に褒められたくて、子どもは努力を覚える。………だから私は、覚えなかったわけだけど」
A「すんません、そういうつもりで言ったんじゃないです。……俺が言いたいのは、自己満足、大いに結構ってことなんです。誰に褒められたって、それを納得できなきゃ意味がない。……逆を返しゃ、誰に褒められなくったって、自分が納得できりゃそれでいいってことです」
E「………自己満足と向上心って矛盾するから、普通は悪いことって教えられるわよね。Aの論法は何だか新鮮よ」
A「誰かに認めて欲しくて、だけれど何を努力すればいいのかわからないのが、人の世の苦しみです。俺にもそういう頃があった。誰かに認められたくて、でも何を認められればいいかわからなくて。そして、何をどこまで努力すれば、誰に認めてもらえるかわからなくて、ずいぶんと無茶苦茶をやってきたもんです」
E「それでAが至った答えが、……自己満足だっていうの?」
A「聞こえは悪いがそういうことです。吾唯足るを知る、っていうヤツですわ。………俺がこれでいいと思った人生なら、それはとやかく言われてどうこうってもんじゃない。Eさんの人生も、この旅も同じです。Eさん以外の誰にも、とやかく言う権利なんてない。旅の意味と成果は、Eさんだけが決める。Eさんにとって有意義な旅になったなら、それで充分なんですよ」
~中略~
E「………自己満足こそが人生、か」
M「そんなのつまらないです。人生はどこまでも強欲でなくっちゃ」
E「強欲な人生は確かに楽しいわ。でも、あなたと違ってニンゲンには寿命がある。永遠に強欲のままだったなら、人は死ぬ最後の瞬間にも欲があることになる。欲があるということはつまり、欲しいということ。持っていないということ、満たされていないということ。……自分が満たされていると思えないまま死ぬのはきっと辛いことよ。だからきっと、自己満足って必要なんだわ」
M「………なるほど。寿命ある存在には、そういう妥協点も必要ってことですか。私たちの主は、やたらと寿命の長いお方ばかりだったんで、考えたこともなかったです」
E「ニンゲンってのは、満たされるために生きているのかしら。……だとしたら、無欲が一番、人生にやさしいことになるわ。…なるほど、七つの大罪のひとつが強欲になるのも納得ね」
M「くすくす。お褒めに預かり光栄です。……Eさま。ニンゲンは、死の瞬間に満足であるために生きてるんですか?」
E「……死の瞬間に何かが満たされていないのは、きっと辛いんじゃない?」
M「だとしたらニンゲンは、満足な死を迎えるためだけに、生きているわけですね。より良い死のために生きてる。死ぬために、生きてる」
E「言い返せないわ。……人は満たされるために生きてる。そして満たされたまま死にたいと願ってる。だから、その満たされ方がわからないのは、とても辛いことだわ」
M「どうやれば満たされるんです? ニンゲンの人生は」
E「………認めてもらうことよ。お前は幸せだ、ってね」
M「誰が認めてもいいものでしたら、私が認めてあげますよ」
E「そうよ、そこなのよ。………誰に認めてもらえばいいのか、わからないのよ、人は」
M「その認めてくれる人を探すのが、人生の旅なんですか? へぇー」
E「おかしな話ね。認めてもらおうと認めてもらわなかろうと、自分の境遇に変化はないはず。……にもかかわらず、認められれば満たされ、認められないから満たされない。…まるで青い鳥だわ。……籠の中にもう青い鳥はいるのに、それに気付けないから、どこまでも探しに旅立たなければならない」
M「何ですか、それ。きゃっははは。ニンゲンの人生って馬鹿ですね」
E「そうね。Aは本当にいいことを言ったわ。……吾唯足るを知る、か。何の諺か知らないけど、味わい深いわ。……つまるところ、誰かに認めてもらわなければ満ち足りないとは即ち、自らを認められないということ。……究極の自己実現は、まず、自分を自分で認めることだったのよ」
M「そりゃそうです。自分が満ち足りてるって自覚できるなら、誰にも認めてもらう必要なんかないですから。その小さなことに気付くだけで、ニンゲンの下らない人生の旅は簡単に終了ですね。残った時間を有意義に遊んで過ごせます。ニンゲンの人生って馬鹿馬鹿しー、きゃっはははは」
Mの言葉は悪いが、それがきっと真実なのだ。
もし、ニンゲンの人生のほとんどが、満ち足りた死を迎えるために、誰かに自分を認めて欲しいと願う旅ならば。
………それを認めるのは誰かではなく、自分自身なのだと気付く時点で、その無駄な旅を終えられる。
その旅を終えた人間は、残りの人生を胸を張って自由に生きていくだろう。……それの何と気高く、誇り高いことか。
~中略~
E「……自分で自分を認められない哀れなニンゲンは、生涯それを求めて彷徨い、何も受け容れられず、不平不満だけを口にし、満たされないまま死んでいく。……哀れだわ。何の目的もなくだらだらと生きている連中に比べたら、やがて野垂れ死にするかもしれないけれど、自分の人生に胸を張ってるAの方がよっぽど高潔なのよ」
M「人生、悟った者の勝ちってことじゃない? 少しでも早く悟れれば、その分、有効に残りの人生が過ごせておトクよね」



なっが!
めっちゃ長!
こりゃ写し書きも時間かかるわけだわ
うみねこキャラについての細かいところは脳内保管に任せるとして

最後の方に、その小さなことに気付くだけで人間の下らない人生の旅は間単に終了って言ってますが、わたしはそうは思わないな
悟っても長く生きていることで迷いが生じるのが当たり前だと思うから
でも、これこそがわたしがブログでちょこちょこ触っていた、言いたかったことなんだと思いました

吾唯足るを知るって気になったので調べてみたら、ことわざではなく禅問答のようで、それこそ一生かかっても悟ることが出来ないような難しい言葉なのかもしれないと書いてありました
だから言葉にすると軽いけど、小さなことではなかったのですね
簡単に言うと「満足することを知っている者は貧しくても幸せであり、満足することを知らない者はたとえ金持ちでも不幸である。」ということ

そのページにはこんなことも書いてありました
「皆がそれを持っていなければ、もっと極端に言えば、そんなものの存在を知らなければ、その状態で『満足することを知る』ことが出来るわけです。そう考えると私たちは極めて相対的なことで幸せや不幸を感じているのかもしれません。」
そうなのです
例えば、自分の固執するモノの情報を断ち切って何も見なければ、意外と平穏に過ごせ純粋に楽しめたりします
それは何か間違いなんじゃと思う方も少なくないかもしれません
人はみな、自分と他人を比べて境界を感じ、物事を考えたり、判断したりするのです
本当に自分しかいない世界であれば、自分すら判断できません
見ることが出来ず、自己を認められないのです


「足るを知るということは、現状に満足するという意味ではなく、その生の根幹にある輝きを見つめるということが本義であり、それを見つめるためには、時として身の回りにある様々なもの、地位、肩書き、知識、財産などが目を曇らす原因となることがある」

吾唯足るを知る
もっと深く考えてみてもいい言葉だと思います
[ 2010/12/06 23:54 ] 雑記 | TB(0) | CM(0)

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